『生成文法の考え方』 はじめに (「著者」バージョン)

 一般に「生成文法」(generative grammar)と呼ばれているアプローチが世に出てから、ほぼ半世紀が過ぎようとしている。ノーム・チョムスキーという天才が提案し、その後も改定を続けてきたこのアプローチは近代言語学の発展に大きな影響を及ぼし、今なおその発展途上にある。本書は生成文法の根底に流れる、ものの考え方を分析し紹介していくという方針で書かれた。生成文法の考え方そのものを明確化するのが目的であって、生成文法の変遷、あるいは現在の枠組みそのものを紹介することが目的ではないので、扱う対象も網羅的ではなく、また、取り上げられたトピックについても細部に至るまで解説しようという意図は持っていない。また、時には、過去の分析に現在の視点や用語をあえて(史実的には正確ではないが)持ち込んでいる場合もある。さらに、生成文法と言っても、チョムスキー自身のアプローチとは様々な点で袖を分かつアプローチもたくさんあるが、この本ではそれらについてはほとんど言及していない。詳しい紹介やテクニカルな部分の解説は、それぞれの入門書や専門書に譲りたい。

 二人の著者が読者として想定しているのは、主に次の三つのタイプの人たちである。

  1. 言語学、特に生成文法を初めて学ぶ人
  2. すでに生成文法の具体的な事は学んできているが、その全体像をつかみたい、あるいは根底に流れる考え方をもっとはっきりと意識したいと考えている人
  3. 生成文法には慣れ親しんでいて、新たな視点を模索したい人

生成文法に初めて触れる人を意識してはいるが、ある程度「生成文法」に精通した人にも参考にしてもらえるように、今まで書かれたもの、あるいは研究分野の中で必ずしもはっきりと認識されていなかった生成文法の大切な側面を浮き彫りにする事を心がけた。「そう言われてみれば確かにそうだが、今までそのような見方をしたことはなかった。それで、今までもうひとつはっきりしなかった生成文法のアプローチの動機が見えた」と読者が感じてくれるようであれば、わたしたちの目標は達成されたことになる。

 多くの研究者のみなさんの功績を引用するにあたっては最大限の努力を払ったつもりであるが、著者の勉強不足から誤った引用をしているもの、引用が抜けている場合などがきっとあると思われる。不備に関しての御助言、御指摘を乞うとともに、いやな思いをなさるかもしれない方々に対してはあらかじめおわびを述べておきたい。

 この本を執筆するにあたっては、北川のレクチャーノートに上山のノートや著書からの抜粋を付け加え、二人で討議を重ね、テーマを選別し、手分けして書き、再び二人で編集したり文を推敲した。マサチューセッツ大学アムハースト校、ロチェスター大学、インディアナ大学、京都外国語大学、京都大学、九州大学、横浜国立大学で私たちの講義に参加して生成文法の理解を深める手助けをしてくれた学生諸君や同僚のみなさんに感謝したい。また、初期の段階の原稿の一部に目を通して感想をきかせてくれた佐藤久美子さん、田中大輝くん、向井絵美さん、山田絵美さん(五十音順)にもお礼を言いたい。執筆の途中で5度にわたって私達が合宿と呼んだ3日から一週間程のセッションをしたが、ふたりで議論を重ねるうちに新たに発見したこと、理解が深まったこと、新たに身に付けたものの見方などが数多くあり、その意味ですいぶん自分たちの勉強にもなった。このような勉強と発表の機会を与えてくださった中島平三氏をはじめとする編者のみなさん、忍耐強く後押しして下さった研究社の里見文雄氏と杉本義則氏に深く感謝したい。また、この場をお借りして原稿の遅れで御迷惑をおかけしたことを深くおわびしたい。最後に、身勝手に執筆に没頭する私たちに協力し続けてくれた家族にも感謝したい。

(2004.4.30.)