日本語における指示詞「コレ」の用法について
 ―法律文を中心に―

言語学専攻 片岡大輔

1. はじめに

 日本語において「コレ」といえば、何らかの指示物を持つ用法(以下、この用法を指示用法と呼ぶ)が一般的であるが、この論文では、その用法以外に、主題化した要素の痕跡の代替物という役割を果たす用法も存在するということを主張する。(以下、この用法をTopic用法と呼ぶ。)

(1) 指示用法:罰金は1万円以上とす。但を減軽する場合に於ては1万円以下に降すことを得。

(2) Topic用法:本法は何人を問はす日本国内に於て罪を犯したる者にを適用す。

この二つの用法は、「コレ」を先行詞に置き換えた場合に、容認性に違いが現れる。

(3) 指示用法:罰金は1万円以上とす。但罰金を減軽する場合に於ては1万円以下に降すことを得。

(4) Topic用法:*本法は何人を問はす日本国内に於て罪を犯したる者に本法を適用す。

この論文では、(3)と(4)の違いを基準にして指示用法とTopic用法を区別した上で、Topic用法の分布を調べ、分析をすることを目的とする。

2. Topic用法の「コレ」の分布

  Topic用法 Topic用法以外
旧刑法 75個 40個 115
現刑法 11個 16個 27
86 56 142

 χ2検定の結果、刑法の種類と「コレ」の用法の間に関連があり(χ2=5.485、p<.05)、Topic用法の「コレ」は、旧刑法において現刑法よりも有意に数が多いということが言える。しかし、旧刑法と同時代に書かれた『台湾論:台湾協会会報』の中には、Topic用法の「コレ」は確認できなかった。つまり、Topic用法の「コレ」は法律文だからこそ現れているという可能性がある。

3. Topic用法の「コレ」の分析

3.1. 法律文の構造

(5) 法律文の構造:[NP1がVP1する場合は]、[[NP2は][CPを][VP2する]]。  (cf. 岩本、野村(1991:12), 田中他(1993:83))

(6) a. [[没収は、]X犯人以外の物に属する限り、[これを]Y[することができる]Z]E。   (現刑法・第19条2項)

   b. [未遂罪を罰する場合は]C[各本条に於て[之を]Y[定む]Z]E。   (旧刑法・第44条)

3.2. 移動の痕跡としての「コレ」

 (5)の法律文の構造に照らし合わせて「コレ」の分布を見直すと、Topic用法の「コレ」は必ずYにあらわれる。そして、その先行詞が現れるのは、Xか、Xが省略されている場合はC、すなわち、Topicの位置である。

<提案する分析>

(7) 主題化前:

  a. 犯人以外の物に属する限り、没収をすることができる。

  b. 各本条に於て未遂罪を罰する場合を定む。

(8) 主題化後:

  a. 没収は、犯人以外の物に属する限りをすることができる。

  b. 未遂罪を罰する場合は各本条に於てを定む。

4. まとめ

 Topic用法の「コレ」は主に法律文の中に現れる。これはつまり、法律文では、要件・効果構造を保つために主題化の操作が頻繁に起き、さらに、主題化操作によって空いたYの痕跡部分を「コレ」で埋めているのではないかと考える。

参考文献

岩本秀明、野村浩郷(1991)「法律文の自然言語処理について」情報処理学会研究報告、NL83-2、7-14.

黄文雄、江旭本撰(2002)『台湾論:台湾協会会報』1:215-225、268-278、3:13-19東京:拓殖大学:拓殖大学後援会.

田中規久雄、川添一郎、成田一(1993)「法律条文の標準構造 −自然言語による法知識処理を目指して−」情報処理学会研究報告、NL97-12、79-86.