複合動詞「V-スギル」の特性について

言語学・応用言語学専攻 1LT02038G 亀川 裕子

1.はじめに:複合動詞「V-スギル」の生起条件

 複合動詞「V-スギル」には、文中のどういう位置に生起できるかという点に関して、普通の動詞とは異なった特徴がある。

(1)  a.  太郎は歯を磨くとき力を入れすぎている。

    b.  花子は舞台に臨むとき緊張しすぎていた。

(2)  a.  ??太郎は力を入れすぎて歯を磨いている。

    b.  ??花子は緊張しすぎて舞台に臨んだ。

(3)  a.  太郎は力を入れすぎないで歯を磨く。

    b.  花子は緊張しすぎないで舞台に臨んだ。

(4)  a.  太郎は力を入れすぎて歯を磨くので、歯茎を痛めてしまった。

    b.  花子は緊張しすぎて舞台に臨んだので、失敗してしまった。

2. 「スギル」の意味の係り方

2.1. 問題

(5)     待ち合わせ場所に早く着きすぎた。(cf. 待ち合わせ場所に着くのが早すぎた)

(6)     ??あの人は、若く死にすぎた。(cf. あの人は、死ぬには若すぎた)

なぜ、(5)は容認できて、(6)は容認できないのか?

2.2. ノガ構文とニハ構文

(7)  (5)と同じパターンになる例:→ノガ構文で言い換えられる

    a.  時間が早く経ちすぎる。 (cf. 時間が経つのが早すぎる)

    b.  彼女は早く結婚しすぎた。 (cf. 彼女は結婚するのが早すぎた)

    c.  あの人は字を雑に書きすぎる。

    d.  ひとつひとつの作業を丁寧にしすぎる。

    e.  あの人は早く死にすぎた。

(8)  (6)と同じパターンになる例:→言い換えると、ニハ構文になる

    a.  ??この桃を早く食べすぎる。 (cf. この桃を食べるには早すぎる)

    b.  ??彼女は早く結婚しすぎる。 (cf. 彼女は結婚するには早すぎる)

    c.  ??出会ったばかりだし、早く告白しすぎる。

    d.  ??(まだ8時だ。)早く寝すぎる。

    e.  ??このケーキは甘く食べすぎる。

    f.  ??あのお風呂のお湯は熱く入りすぎる。

    g.  ??この荷物は重く運びすぎる。

ノガ構文では、「Vノガ」のVの行為自体の様態が「度が過ぎている」のに対して、ニハ構文では、「Vニハ」のVという行為そのものが「度が過ぎている」わけではなく、その行為を行うことに対して下されている評価の形容詞に「-スギル」が用いられているだけである。

2.3. 一見、反例に見えるケース:対になる形容詞

(9)  a.  綱を{強く/??弱く}引っ張りすぎた。(cf. 綱を引っ張るのが弱すぎた)

    b.  相手の子を{強く/??弱く}叩きすぎた。

    c.  バーゲンセール{だったので/たったのに}、{多く/??少なく}買いすぎた。

    d.  荷物を{多く/??少なく}持ちすぎた。

(10)  a.  髪の毛を{??長く/短く}切りすぎた。

    b.  髪の毛を{長く/??短く}伸ばしすぎた。

これは、動詞によっては、その様態が「度を過ぎる」ことによって期待される形容詞が固定している場合があるということを示している。その証拠に、中立的な動詞に関しては対になった形容詞のどちらをとっても容認されやすい。

(11)  a.  この曲のこの部分を{強く/弱く}弾きすぎた。

    b.  この予算では{多く/少なく}見積もりすぎた。

    c.  グリップを{長く/短く}持ちすぎる。

3. 結論

 「-スギル」は、「価値的に一般基準を上回る」という意味を付加するため、どんな動詞にもつくことができ、「-アゲル」「-オワル」などの動詞と比べ、複合動詞を形成しやすい。複合動詞「V-スギル」は、生起できる位置に他とは異なる制限があるが、意味の係り方にも特徴が見られる。「待ち合わせ場所に早く着きすぎた」などのように、意味的には形容詞にかかっている「-スギル」でも、Vの行為自体の様態が「度が過ぎている」場合、「-スギル」が動詞につくことが許される。この場合、「待ち合わせ場所に着くのが早すぎた」のように、ノガ構文に言い換えることができ、ニハ構文にしか言い換えられないものは、この構文にできないことを指摘した。ノガ構文に対応する文でも容認可能性が低いものがあるが、これは、動詞によって、その様態が「度が過ぎる」ことによって期待される形容詞が固定している場合があるからだと考えられる。このような係り方が許されるという点は、「-スギル」が他の動詞と大きく異なる特性を持つことを示しているといえるだろう。