日本語の形容詞連用形の名詞的用法について

言語学・応用言語学専攻 安藤宏

0. はじめに

(1) 形容詞連用形の名詞的用法:

   a. 太郎が遠くへ向かう。

   b. 花子が近くからやってくる。

 この構文に対するLarson & Yamakido (2001)の分析が不十分であるということを述べる。

1. Larson & Yamakido (2001)の分析

(2) Larson & Yamakido (2001):時間・場所を表す空代名詞proを想定する

     [NP[APとお-く]proLOC]

(3) Larson & Yamakido (2001)の観察:時間・空間に関係した後置詞としか共起しない

   a. 花子が遠く行った。

   b. その手紙が遠くから来た。

   c. 太郎が駅の近く住んでいる。

   d. 太郎が早くから遅くまで働いていた。

   e. *古く蘇った。               (主語)

   f. *花子が高く片付けた。         (目的語)

   g. *太郎が早くミーティングへ行った。 (所有格)

   h. *太郎が古くについて話した。      (後置詞の目的語)

(4)   [PP[LP[DP[AgrP[AP ふる]-く pro]]LOCATION OF]-から]

2. 問題:多くの反例の存在

(5)  a. 議長が出席者の多くに意見を求めた。

   b. 参加者の多くが日射病で倒れた。

   c. 家の近くで事故が起こる。

   d. 高台から遠くを見る。

(6)  a. 詳しくはホームページで。

   b. 金閣寺は正しくは金閣です。

3. 形容詞連用形の名詞的用法に関わる要因

 そこで、『計算機用日本語辞書IPAL』に基づいて、38の形容詞を取り上げ、それぞれの形容詞につき例文を4つ以上用意し、形容詞連用形の名詞的用法が可能であるかどうかを調べた。その結果、次のような要因が関与していることがわかった。

3.1. 名詞(句)を補うことによる影響

(7)  a. ?太郎が深くまで潜った。

   b. 太郎が海の底深くまで潜った。

(8)  a. *次郎は早くに目覚めた。

   b. 次郎は朝方早くに目覚めた。

3.2. 副詞を補うことによる影響

(9)  a. ?太郎が深くまで潜った。

   b. 太郎がかなり深くまで潜った。

(10) a. ?飛行機が高くを飛んでいった。

   b. 飛行機がかなり高くを飛んでいった。

(11) a. *鉛筆を細くまで削る。

   b. ?鉛筆をかなり細くまで削る。

(12) a. *大根を太くまで育てる。

   b. ?大根をかなり太くまで育てる。

3.3. 文脈を補うことによる影響

(13) a. ??太郎が(その)深くに潜った

   b. ??次郎は早くに目覚めた

   c. ??花子が遅くに帰ってきた

(14) a. 太平洋の西にマリアナ海溝がある。  太郎がその深くに潜った

   b. 朝日もまだ出ておらず、暗い。  次郎は早くに目覚めた

   c. 花子が遅くに帰ってきた。  午前3時をまわっていた。

4. 結論

 対になる形容詞で容認可能性が異なる場合も多い。

(15) a. 太郎がかなり深くまで潜った。

   b. ?その船は結構浅くに沈んでいた。

(16) a. 太郎がかなり高くまで跳んだ。

   b. ?花子は小さいので、かなり低くからジャンプしてよかった。

Larson & Yamakido(2001)の分析では、構造にしか着目していないので、このような細かな容認可能性の違いが説明できない。

5. 参考文献

Larson, Richard, and Hiroko Yamakido (2001) "A New Form of Nominal Ellipsis in Japanese," Japanese/Korean Linguistics Vol.11, Stanford: CSLI.